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ロールプレイングゲームには、ボスがいる。 [旅「アフリカ」]


サハラ砂漠のアフマドサファリキャンプへ着いたときは、日が落ちてから一時間以上経っていた。街から乗ってきたベテランのランクルは、すぐに新しい客を求めて走り去った。奥へ進むと、メインロッジに麦わら帽子の若い東洋人と、恰幅のいいエジプト人が食事をしていた。「オーナーはいますか?」と尋ねると、「俺がオーナーだ、ようこそ!」と恰幅のいい男エジプト訛の英語で答えた。オーナーは名をアシュラと言った。窓1つ無い蒸し風呂のような石造りの部屋に通される。ベッドは3つあり、1泊1人20E£。蚊取り線香をたいて、荷物を置いたところで、オーナーは、キャンプで申し込める砂漠ツアーの素晴らしさを熱弁し始めた。1泊コースでUS150ドルと語るツアーの相場はUS90ドルだ。ここでもか。旅と交渉は家族だ。笑顔、おどし、泣き落とし、すかし様々なテクニックを駆使するゲーム。今回のボスは笑い、怒り、悲しみの3つ顔を持つアシュラだ。


誰もいないはずのてっぺんを、じっと見るのが怖かった。 [旅「アフリカ」]


人間の仕業ではない。計算し尽くされた造形美。現代の技術で作れないものが、紀元前に作られてる。一つ一つ石を背負って積み上げる奴隷を想像した。これは神の仕業だぜ。友達になったケニア人がそう呟いた。胸にクロスが光る彼は、敬虔なクリスチャンだった。ピラミッドに畏怖を感じていると、ラクダに乗らないかと、サングラスをかけたエジプト人に話しかけられた。金をせびられるのはわかっていたので、断った。すると、金はいらないという。話の種に乗ってみた。驚いた、ラクダは立ち上がると2メートルぐらいの高さになった。座ってもらわないと、降りるのは難しい。案の定、金をせびってくるグラサン。「ラクダの餌代をくれ。そうしないと降りれないぜ」。2mならわけないと鼻で笑いながら飛び降りた。神秘的な気分の中、俗物を味った。それは間違いなく人間の仕業だった。


大きな日が暮れると、完全にブラックボックスの中にいた。 [旅「アフリカ」]


太陽は美しく暮れる。名残惜しそうに顔を赤らめながら。その時間はとても早い。まるで闇に追い立てられているようだ。サハラ砂漠の夜も駆け足でやってきた。アシムがくれたマットと毛布をどこに敷こうか迷っていると、3人しかいないのに大部屋に泊まった温泉旅行を思い出した。しかし、砂漠はそれと比べ物にならないほど広かった。

夜になったらデザートフォックスがくるから気をつけろ。アシムはそう言うと、意地悪く笑った。よく日に焼けたちょびひげのドライバー兼コックだった。これで22歳とは、人は見かけで判断できない。守るべき家族がいる彼の人生は、学生の私とは全く違うものだ。

結局、岩から少し離れた場所にマットを敷いた。辺りは既に、肉眼では1メートル先の顔も識別できないほどに暗かった。シンとエイタとアタマを寄せ合って寝た。夜中、遠くから声がして目が覚めた。「どこ?どこ?」か細い声が聞こえる。シンだった。さてはトイレに行って帰り道がわからなくなったな。砂漠は方向感覚を狂わせる。昼間でさえ360度が見覚えがある景色だ。夜は完全なる闇の世界が支配している。空の線路を歩いている気分。「こっちだ」と声を出してやると、「あ!」安堵の声がすぐそばで聞こえた。残念ながら不安そうなシンの顔は見えなかった。

砂漠では日が暮れたら、おしまい。日が昇ったら、はじまる。右端から2番目のDNAがビビビと反応した。先祖が、ライフスタイルを懐かしんでいるのだ。きっと質問はこうだ。お前は、手に入れた光をどのように使っているか。勘弁してくれ、俺に聞くなって言ってやろう。


考えてみれば、彼女も動物なのだ。 [旅「アフリカ」]


動物にもテーブルマナーがある。サファリでライオンの食事に出くわした。オス一頭と子二頭が茂みの中で、夢中でシマウマを食べていた。回りに静かにたたずむメスがいた。しかも二頭。彼女たちは彼らの食事が終わるのを待っている。自分たちが穫ってきた獲物にも関わらず食べ残しを食べるということ。夫をたてること。子供を慈しむこと。ライオンの社会は昔の人間の社会に似ている。人間も肉を食べる。「僕も彼女も動物だ」やけに日焼けしたレンジャーがそう言った。


夕日に見とれていたら、マサイ族に携帯の使い方を尋ねられた。 [旅「アフリカ」]


ナイロビからアンボセリ国立公園へは車で5時間。窓を開けていられないほど砂埃がひどい。ドライバーのドミニクはやけにおしゃべりだった。国立公園へ入ると辺り一面が荒野だ。公園は柵で囲われたものだけじゃないと知った。一時間も走ると、シマウマには驚かなくなった。インパラの群れが遠巻きにこっちを見ている。双眼鏡で彼らを追う。面白いのは、車の前を横切るとき小走りになること。横断歩道を、右折車に申し訳なさそうに小走りで渡る女子高生を思い出した。サファリの夜は早い。日が沈みかけたころ、パトリックが作ったカレーを頬張りながらトイレに立った。トイレの前に男がいた。男はマサイ族だった。困った顔で携帯を見てくれと言う。フランス語に設定されていたので、適当にいじって返した。ありがとう、どういたしまして。こんなシンプルな会話もドラマだった。


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