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サービスなら泣語デイ! [涙活]

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こんにちは、泣語家の泣石家 霊照です。
昨日、流山のデイサービス樹楽での泣語が無事終了いたしました。スタッフの皆様、ご利用者の方々ありがとうございます。今回で4回目となったこのイベント。2ヶ月に1度のレギュラーとして継続させていただいており、嬉しい限りです。ご新規の方もいらっしゃいましたし、当日に施設利用の予定が入っていなかった利用者様も、「泣語があるならと…」ということでわざわざ、お越し下さり大変に有り難いことだなあと思います。その方の「え?落語と違うの?」という言葉は笑顔で聞き流し(笑)、お噺をさせていただきました。

今回も息子と二人羽織のステージ。「腹話術じゃありませんよ」の前振りからスタートです。2ヶ月前に比べて大分大きくなっているので、存在感で父は負けそうです。しかし発話ではまだまだ負けませんので、というかこれが負けてたら僕の体調がヤバいことの証、ダダダダダっとペースを掴もうと試みました。はじめのうちは良かったのですが、途中で息子がぐずりだし、更には時計のチャイムや電話などありとあらゆる共演者が登場(笑)僕の冷や汗だか、脂汗も最高潮になり、しどろもどろになりながらも何とか終演いたしました。

泣語は「開封メール」、落語は「鈴ケ森」が演目でしたが、後者は追いはぎを企む2人が出てくる噺なのですが、旅人に声をかけるの何度もやり過ごしましたね(笑)もう殆ど別の噺ですよ、やはり大切なのは練習練習ですね。はい。と言うことで「鈴ケ森」は好きな噺なので、きちんと形にするべくこれからも挑戦していきます。

●デイサービス樹楽 流山平和台
http://www.kiraku-ac.com/shisetsu/home/chiba/heiwadai.php
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学生たちの熱に萌え、イヤ燃ゆ。 [涙活]

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こんにちは、泣語家の泣石家 霊照です。
先日、日本工学院専門学校ミュージックカレッジのイベント「涙と歌の夕べ」の一席が無事に終了致しました。スタッフの皆様、ご来場のお客様、誠にありがとうございます。

このイベントは日本工学院専門学校の2年生が、実習として制作したイベントです。光栄にも出演オファーをいただいてから、何度かメールのやり取りをし、最終的にお会いしてお打ち合わせをしました。打ち合わせ時にはきちんと企画概要の説明書を持参しており、流石イベント企画コースの学生さんだけあって、段取りも細かく、押さえるとこもきちんと押さえていらっしゃいました。自分が学生の頃はこんなにできなかったわ…とホトホト感心しっぱなしでした。

企画ゴールは「涙を流してもらう」こと。2年生は主に就職活動によるストレス、1年生は環境変化によるストレスを解消して夏休みを迎えて欲しいという願いがあると話していたMさんとNさん。打ち合わせ時には「これで泣けますか?」と何度も確認をして、企画をよりよいものにしようとする熱意が伝わってきました。ともすれば娘ほども違う子たちの情熱にあてられ、「おじさん、やるっきゃナイト!」と一人気合いを何度入れ直したかわかりません。

僕の持ち時間は30分だったので、枠の組み立てをどうしようかと考えました。本来なら涙についての理解を深めてもらう「涙説」から入って、「泣語」をやって「落語」もと、右脳と左脳を揺さぶり続ける演出を仕掛けるのですが、30分だと少々心もとないなと思いました。そこで「笑い」は諦めて「涙」の一本勝負で挑みました。というか、勝負じゃないですけど。

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観客も自分とは20も違うほどの若者ばかり…。涙説には、「スラムダンク」「WANDS」などビーイング世代に鉄板のネタを盛り込むも年代を外し、ぽかんとしている若者たち、く、苦しい…、ようやく「ワンピース」で打ち解けたかと思いきや「子狐ヘレン」が登場して万事休す。舞台袖でグーグル先生に教わろうかと思いましたわ。それでも、彼らとの対話は楽しく存分に刺激を受けました。

泣語は渾身の一席ができたかなと思っております。もちろん、泣語を聞いたことがあるお客様は「0」。落語ですら行ったことがない方々ばかりで、もの凄いアウェーの洗礼!と最初は思いましたが、噺が始まればそんなことはなく熱心に聞いてくださり、涙ぐむ子もいたり、ああ、よかったな間違ってなかったなと感謝感謝の一幕となりました。その後、泣語家になりたいです!という弟子志願が楽屋に、来るというマジックは起きなかったです、ええ。リアリティ!レモンティ!クロマティー!

歌は、「金子文香さん」というアーティストがミニライブで登場。金子さんの歌声はとても雰囲気があり、心にとても染み入りました。楽屋でも少しお話させていただき、是非ライブがあったら行きたいなと思いました。ハッピーバースデートゥーYOU!いい曲だったわ〜。

学生が作るイベントへのゲスト参加。僕にとっても初めての経験を通してまだまだ、ワクワクする舞台はあるなあと胸を躍らせる結末となりました。貴重な機会をいただき誠にありがとうございます。

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お寺で学ぶエトセトナク語。 [涙活]

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こんにちは、泣語家の泣石家 霊照です。
先日、某お寺でのお盆の法要泣語が無事終了いたしました。ご参列くださった方々誠にありがとうございます。

お寺という空間で行う泣語はいつもながら緊張感があります。それは、本来仏事のために集まっている方々に対し僧侶がいる中で、単なる小僧の手習いである噺家風情が何を伝えることができるのかという所です。もちろんお説教ができるわけでもないし、生きることを説くなどできるはずもない。ただ、涙を流してストレス解消をと話す自分はある意味滑稽であり、「浅いな…」と思うわけでありました。やはり信心や信念などには叶うはずも無く、僕の後の僧侶先生の話に皆の耳目が集まるわけでございます。僕も勉強させていただきました。

そんな中、何回も続けているおかげか「泣語、聞いたことあるよ」という門徒さんが増えていたのは嬉しかったですね。やはりリピーターは大事です。それと共にリピーターがいるからこそプレッシャーを感じながら芸を磨いていかないとならないと思えるわけでございます。僧侶先生は言いました。死ぬこととはなんですか?それは忘れ去られることです。だからこうしてお盆を通して、縁者が集まれたこと、故人はこの出逢いを亡くなった後でさえ私たちの為にこさえてくれています、と。肉体は亡くなっても、私たちの間でその方の話題がのぼる限り、故人は尚も生き続けているのですと。

確かに、その通りだと思いました。

誰しも忘れ去られるのは寂しいもの。そして、声をかけられれば嬉しいものです。今その方が生きているならなおさら。日々は忙しいかもしれませんが、折を見てご機嫌伺いをすることが、何よりの愛情表現であります。
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キツネの話を書いてみました。 [涙活]

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photo credit: kimbenson45 Fox in long grass via photopin (license)
こんにちは、泣語家の泣石家 霊照です。
今日は中文書いてみました。少し長いのですが、是非ご覧下さい。

「キツネ村のこっちとそっち」

キツネのコンタはまるで疑問に思わなかった。
幾度となく繰り返される毎日が、作られた環境だと思うことも無かった。

物心ついた時からこっちの世界は、コンタにとって心地よかった。
母親の毛皮はあたたかく、飼育員や子供たちの笑顔はきらきらと輝いて見えた。

決まった時間に決められた場所に用意された餌は栄養豊富。
量も十分にあるため、コンタたち兄弟は喧嘩することなくおなか一杯食べることができた。

そんなだから、突然、遊び仲間のカンタに言われてもピンとこなかったのだ。

「野生に戻りたくはないか?」

野生、つまり野に生きること。自由に野山を駆け回り、気ままに暮らすこと。カンタの話によると、今見えるこっちの世界はちっぽけな片隅でしかなく、柵の外には無限とも思えるほどの広大な世界が存在している。そして、コンタはもともとそっちの世界から連れてこられていて、そっちの世界に本当の家族がいるとのことだった。

「家族に会いたくはないか?」

そんなことを言われてもと、コンタは途方に暮れた。正直言うと、コンタにはまったく自信がなかった。安全であたたかいこっちの世界を飛び出し、自らの知恵と力で生き抜けと言われても別世界の冒険譚だった。

しかし今、その気持ちが揺らいでいた。好奇心という名の御旗がムクムクと鎌首をもたげてきていた。確かに「このままでいいのか?」自問することは自由だ。それで心が慰められるならば思う存分問いかければいい。

ただし、その行為も一度夜が来て寝てしまえば、朝にはすっかりリセットされている。日常というサイクルの中の一プログラム、結果に何ら影響のないバグになる。

あの時、カンタは確かに言った。

「そっちの世界には本当のお母さんがいる」

コンタはその言葉の意味がすぐにはわからなかった。なぜなら、こっちの世界にもお母さんはいたからだ。毎日、コンタを抱き寄せ、乳を与え、毛づくろいをしてくれる母がいたからだ。父も兄弟もいた。怪我をしないようにと、よく整備されたフィールドでコンタたちは心行くまで遊ぶことを許されていた。

そういえば、時折仲間がどこかに連れていかれて、それきり戻ってこないことがあった。あれは、外の世界に連れていかれたということだったのだろうか。
コンタは人間が好きだった。かわいい、かわいいと声をかけてくれ、抱きかかえてくれる人間たちが好きだった。

「キツネってずる賢いんでしょう?」

たまにそんな悪口を聞こともあった。そんな時は決まってコンタは少し悲しい気分になったが、より一層愛敬を振りまいて気に入られようとした。そうしたコンタの態度にコンタファンは少しずつ増えていった。

しかし今、その気持ちが揺らいでいるのだ。

コンタはそっちの世界を想像してみた。

自分は無限に広がる草原をひた走っている。金網や柵のない世界。コンタは自らの羅針盤に身を任せ、気ままに世界を疾駆する。そこのけそこのけ、僕は勇者だ、大行進だ。と、突然目の前が真っ暗になった。誰かに袋のようなもので覆われたらしい。そういえば、そっちの世界には保健所というものがあり、外を自在に歩く動物には厳しいらしい。

コンタは、目を開けて首を横に振った。それからコンタはもう一度そっちの世界を創造してみた。

瑞々しいブドウ畑になった紫の実はまるで宝石のような輝きと香水のような香りでコンタを魅了する。ズビィィィと、ヨダレが滴る。口回りを押えながら、ゆっくりと獲物に近づく。大丈夫、植物には僕らのような足がない。
と、突然、「ズダーン」と大きな音が鳴り響き肩口に激痛が走った。ハンターに狙われたんだ!そういえば、世界には狩猟というスポーツがあって、解禁区の中では動物は弱者であるらしい。

コンタは、目を開けて首を横に振った。最後にコンタはそっちの世界にいる家族を想像してみた。

オオカミのような体躯をした立派な父親に、まるでマフラーのような毛並みの滑らかな尻尾を持つ母親に、優しい姉と楽しい弟。彼らと肩を寄せ合い風雨をしのぐ。父が見つけた洞穴は狭く、コンタのお尻は少し外にはみ出ている。ふと見ると、先ほど持ってきた食べ物がなくなっていることに気が付いた。十分な量でなかったそれは、すでに家族の誰かの腹の中に納まってしまったらしい。

コンタは、目を開けて首を横に振った。
人を憎むのも、大好きな家族を憎むのも本意ではない。

こっちの世界の周りを見ると、父も母も寝ていた。兄弟たちは別の小屋にいるが、明日になれば会える。確かにこっちの世界は与えられたもので、そっちの世界と比べたら刺激の少ない世界なのかもしれない。しかしこっちの世界を嘆いて暮らすだけなら簡単だ。しかし、そんなことをしても何になるのか。与えられたとしても世界はただの舞台でしかない。そこで役を演じるのはいつだって意志ある自分自身の躍動なのだ。

これは決してあきらめではない、コンタにとっての挑戦であり決意なのだ。

キツネ村で生きること、今回はこの与えられた生を全うすること。それこそが、そっちの世界でコンタを生んでくれたお母さんに対する誠実な答えになるとコンタは思った。
「カンタ、君がそっちの世界をうらやむならば勝手にすればいい。僕は、僕を必要としてくれる今目の前の人たちを幸せにすることに全力注ぐ」

こっちの世界もそっちの世界も大した違いはない。
それを決めるのはいつだって自分自身の意志であるのだから。

おわり

動物園で飼われているキツネの話です。知らない世界があることは幸せなことだと思いますが、それを知ってからどうするかに「生きる意味」と言うのが見いだせる気がしています。生きるのに意味なんてないよ、とおっしゃる方もいそうですが(笑)

僕は、文章を考える時は設定と世界観を大事にしています。それは文体と末尾に表そうと努めています。後は登場人物の設定を細かくして、ラストから書き始めます。

セオリーと呼べるものではありませんが、何度も繰り返すことで自分の型が少しずつ作れるものだなと、最近思うようになりました。

ご高覧ありがとうございます、また宜しくお願い致します。
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