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沈黙することのできない、観賞後。 [日常]

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photo credit: comedy_nose Project 365 #24: 240117 All Quiet At The Back via photopin (license)
こんにちは、泣語家の泣石家 霊照です。
映画「沈黙-サイレンス-」を観てきました。遠藤周作の同名の著作を読んでから、費やした歳月何と28年…。マーティン・スコセッシ監督は遂にこの傑作を撮り終えました。信仰を題材にしたセンシティブな内容で、実に目を背けたくなるような弾圧のシーンや暴力の描写も満載です。しかも、それは映画の中の演出というわけではなく、実際その時代にあったこと、僕らと同じ人々が体験したリアルです。そう考えると、しっかりと向き合い監督が伝えようとしていることを受け止めようと思えてきます。そして、この時代に布教という目的ひとつで異国の人が日本にやってくることの凄さ。今でこそ、グローバルという言葉自体が陳腐になり、ボーダレスという言葉さえ価値が無くなっていますが、時代を考えるとそれはとてつもない鉄の覚悟であったはずです。

物語は、キリスト教の弾圧が始まった江戸時代、宣教師のロドリゴが師を追って日本にやってくるところから始まります。主演のアンドリュー・ガーフィールドは傲慢な部分を感じさせる若き宣教師から、幕府の圧力から真の信仰心に目覚めていきます。スターウォーズエピソードⅦでカイロ・レンを熱演したアダム・ドライバーが宣教師仲間として脇を固めます。そして、我らがリーアム・ニーソン。棄教し妻と子を持ち、日本人として生きる宣教師の師匠は悲哀たっぷりです。そして、完全復活を遂げた窪塚洋介さん演じるキチジローを忘れてはいけません。というか、彼はこの映画の裏の主人公ではないのでしょうか。弱き者の代表、信仰心がありながらも何度も転ぶキチジロー。それはまるで、人間の本質を代弁しているかのように思えてくるのです。誰しも弱い存在だからこそ、拠り所が必要なのだと。

沈黙はタイトルとは裏腹に、雄弁に「信仰を持つ意味」を観る者に問いかけてきます。

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